『KOTOKO』(塚本晋也監督)

昨日映画館で鑑賞。観客は8割がた女性。
自分は昔からCoccoのファンなので見に行った。

映像からも音声からも、鑑賞中には不快さを覚えた。ゆれる画面、KOTOKOの悲鳴や自傷、「2人目」、暴力シーン…。正直、早く終われと念じていた。途中からはもう、残酷なシーンが次に予想できるときは目を閉じていた。通路脇の席だったら途中で帰ってたかもしれない。

にもかかわらず鑑賞後に思ったことは「観てよかった」。
自分はもしかすると今まで、Coccoの自分に都合の良い部分を消費していただけなのかもしれない。それは全く悪い事でも何でもないのだが、実は今までだってもっと真剣に向き合っていればもっと深い見返りを得られたのではないか。今回その機会を自分で作ってよかったと思う。

鑑賞後に映画館から出て、吐き気と頭痛を覚えつつも、仕事帰りの男性女性たちを見るにつけ、あの映画を見ていない人がこんなにもたくさんいるという現実にがく然とする。

というよりも、表層だけを見ようとすれば、現実はどこまでも表層しか投げ返してくれないのだ。

KOTOKOがどれだけ人の深奥を見抜いていることか。「2人目」は本当に単なる幻影だろうか?

とはいえ、KOTOKOでさえも汚れながら生きていく。自分もKOTOKOからもらった力に感謝しつつ、そろそろ彼女から身を引き離して日常に戻らなければ。さよならKOTOKO。